仙台地方裁判所古川支部 昭和52年(ワ)92号 判決 1978年12月25日
主文
1 被告は原告に対し金三〇〇万円およびこれに対する昭和五二年九月八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の附帯請求を棄却する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一申立
(原告) 被告は原告に対し金三〇〇万円およびこれに対する昭和五一年三月二〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。
との判決ならびに仮執行の宣言を求める。
(被告) 原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第二請求原因
一 保険契約の締結
昭和四九年九月五日、原告は被告との間で原告所有にかかる普通乗用自動車(宮ふ五五―二三七二、以下本件自動車という)につき、保険期間を昭和五一年九月五日までとする自動車損害賠償責任保険契約を締結した。
二 事故の発生
日時 昭和五一年三月二〇日午前一〇時二〇分頃
場所 宮城県栗原郡花山村字本沢鯨森地内県道上
事故車 本件自動車
運転者 遊佐典子(原告の妻)
被害者 遊佐淳志(原告の長男)
態様 遊佐典子は長男淳志を本件自動車に同乗させて運転中、路面が降雪で濡れていたため本件自動車が滑走し、道路下の花山ダムに転落、水没したため淳志が溺死した。
三 責任原因
(一) 本件事故当日、本件自動車の運行供用者は原告およびその妻典子の二人であつた。
原告は本件自動車を所有し、日常これを運転使用している者であるが、本件事故当日は、典子が原告から本件自動車を借りうけ、親威を弔問する目的で長男淳志ほか二名を乗せて築館町から花山村に向かつて本件自動車を運転していたのであるから、事故当日には原告と並んで典子も本件自動車の運行につきその支配と利益を有していた。
(二) 運行供用者が複数存在し、そのうちの或る者が被害を受けたという場合において、被害を受けた運行供用者の運行支配が賠償義務者とされた他の運行供用者のそれに比し、間接的、潜在的、抽象的であるときは、対外的には共同運行供用者として賠償責任を負う場合であつても、対内的即ち直接的な運行供用者に対する関係では自賠法三条による損害賠償の請求をすることができる。
そして、本件事故時における本件自動車の具体的運行についていえば、前記(一)のとおり典子の運行支配は原告のそれに比し、より直接的、顕在的、具体的であつた。
(三) 原告は自賠法一六条一項所定の「被害者」に該る。
原告は長男淳志の死亡に基づく民法七一一条所定の遺族固有の慰藉料を自賠法三条によつて典子に対し請求することができ、また、原告の支出した葬式費用についても同様である。
従つて、被告は同法一六条により原告に対し右損害賠償額を支払うべき義務がある。
四 損害
(一) 葬式費用 七〇万円
(二) 慰藉料 四〇〇万円
亡淳志は原告の長男で、唯一の男子であつて、本件事故によりこれを失つた原告の精神的苦痛は筆舌につくし難い。
五 控除
被告は原告からの保険金請求に対し、葬式費用の損害賠償として二五万一〇一〇円を支払つた。
六 よつて、原告は被告に対し前記損害金四七〇万円の内金三〇〇万円およびこれに対する本件事故発生の日である昭和五一年三月二〇日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三被告の答弁
請求原因第一、二項の事実は認める。
同第三項中、原告が本件自動車を所有し、日常これを運転使用していたこと、および事故当日原告の妻典子が淳志外二名を乗せて本件自動車を運転していたことは認める。
典子が原告から同車を借りたこと、その理由、目的はいずれも不知。典子が本件自動車の運行供用者であつたことは争う。
同第四項は争う。
同第五項は認める。但し、葬式費用として二五万円、文書料として一〇一〇円を支払つたものである。
同第六項中、遅延損害金の起算日を争う、被告は加害者ではないから、起算日は被告に対する請求の翌日以降とすべきである。
第四被告の抗弁
一 原告は本件自動車の運行供用者であつて、本件事故発生の際にも原告の運行支配および運行利益が失われていたわけではない。従つて、原告は亡淳志の死亡に基づく損害を賠償すべき義務を負担する立場にあるから、原告が父として淳志の死亡による損害賠償請求権を取得したとしても、これはすべて混同により消滅している。
二 本件事故の発生については原告にも過失がある。
本件自動車のタイヤは著しく磨耗しており、これが本件滑走事故の最大の原因である。
原告は本件自動車の所有者であるから、このようなタイヤを交換することなく漫然これを使用し、また、使用させていたのは原告の重大な過失というべきである。
従つて、原告は本件事故の直接的かつ具体的な責任を負う加害者の立場にあるものというべく、然らずとしても、原告の過失は被害者の過失として損害賠償額の算定につき斟酌されて然るべきである。
第五抗弁事実の認否
一 混同の主張は争う。
二 本件自動車のタイヤが磨耗していたことは認めるが、その余は争う。
原告は路面の凍結や積雪の見られる冬期間は本件自動車にスノータイヤを装着させていたのであるが、雪も消えたので事故の約一週間前にスノータイヤを取りはずして普通のタイヤを装着し、同時に車のトランクにタイヤチエーンを積んでスリツプの危険に備えていたのである。
理由
一 請求原因第一、二項の事実は当事者間に争いがない。
二 本件事故発生の当時、原告が本件自動車の所有者としてその運行を支配し、運行利益を有する運行供用者であつたことは当事者間に争いがない。
そして成立に争いのない甲第一六、第一八号証によると、原告およびその妻典子は日頃交替で本件自動車を運転使用していたこと、本件事故当日、典子は親威の葬式に参列するため本件自動車に義兄の千葉胤男と長男淳志、長女千賀子を乗せて花山村に向けて運転進行していたことが認められ、右事実によると、本件事故当時、典子も本件自動車の運行支配と利益を有する運行供用者であつたことは明らかである。
三 原告と妻典子とは本件自動車の共同運行供用者として亡淳志に対しては自賠法三条に基づく損害賠償の義務を負うのであるから、原告が淳志において生じた損害賠償請求権を父として相続により承継取得したことを理由に典子に対して賠償の請求をするのであれば、たしかに被告の主張するように混同が成立するものといえる。
しかし、本件における原告の請求は原告が相続した淳志の賠償請求権を根拠とするものではなく、淳志の死亡に基づく原告固有の慰藉料と原告の支出した葬式費用の支払を求めるものであるから、この限りにおいて原告は典子に対する関係においてやはり被害者としての立場に立つものといわなければならない。
四 ところで、複数の運行供用者が存在し、その一人が被害を蒙つた場合には事故当時の具体的運行に対する支配の程度、態様につき被害者のそれと賠償義務者とされた運行供用者のそれとを比較検討し、前者が後者に比べて直接的、顕在的、具体的であるときには被害者は相手方に対し自賠法三条の「他人」であることを主張することが許されないものとされている。(最高裁昭和四九年(オ)第一〇三五号同五〇年一一月四日第三小法廷判決、民集二九巻一〇号一五〇一頁)
従つて、右とは逆に、本件において被害者である原告の運行支配が賠償義務者とされた典子のそれに比し、間接的、潜在的、抽象的であるときには原告は典子に対して自賠法三条に基づく賠償責任を追求することができるものというべきである。
五 そして前記二において認定した事実によると、本件事故発生の際における原告の運行支配は典子のそれに比し、間接的、潜在的、抽象的であつたと認めざるをえない。
六 かくして、典子は原告に対し、原告の蒙つた精神的損害とその支出した葬式費用に限つてその賠償責任を負担し、その結果、被告は原告に対してこれを支払うべき義務を負う。
本件のように夫と妻とが共同運行供用者とされ、その子が事故によつて死亡した場合に、夫が妻に対して慰藉料の請求をなし、これを是認するにはかなりの抵抗を感じ、大きな違和感を伴う。
一般に健全な夫婦の間で現実に右のような慰藉料の請求をする事例は稀有のことであろう。
しかし、自賠法が強制保険制度を採用し、交通事故による損害填補を確保する目的を有することに照らすと、夫が妻に対して慰藉料の請求をすることの当否を問うよりも、事故によつて子を失つた親の精神的損害に対し、保険による保護を与えるのが相当な事案であるかどうかの判断を先行させて理解すべきが相当である。
七 原告の過失について検討する。
事故当時、本件自動車に装着されていた普通タイヤの溝が磨滅していたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一〇号証によると、その磨滅の程度も、トレツド部分にかすかに溝の痕跡を残す程度のいわゆる丸坊主に近い状態にあつたことが認められる。
そして、右事実と本件滑走事故の態様とを併せ考えると、右のようなタイヤを装着していたことが本件事故の一因をなすものであることは明らかである。
しかし、成立に争いのない甲第一七号証および原告本人尋問の結果によると、原告は冬期間はスノースパイクタイヤを使つていたが、雪も消えた三月中旬(事故の数日前)にこれを普通タイヤと取り換えたこと、また、不慮の降雪に備えて車のトランク内にタイヤチエーンを入れていたこと、そして典子もタイヤチエーンの存在を知つており、かつ、チエーンをつけた経験を有することがそれぞれ認められ、かかる事情のもとでは、磨滅したタイヤを装着していた点に原告の過失があるというのは原告にとつて酷にすぎるものといわなければならず、結局、原告の過失を前提とする被告の主張は採用することができない。
八 原告の損害について判断する。
(一) 原告本人の供述によると、亡淳志の葬式費用として原告は七〇万円前後の支出をしたことが窺われるけれども、右のうち三〇万円の限度でこれを事故と相当因果関係のある損害と認める。
(二) 原告は本件不慮の事故により唯一の男子を失い、甚大な精神的打撃をうけたことは容易に推認しうるところであるが、他面、その事故を生じさせた者が自己の妻でもあるという点からしてその心境には多分に複雑なものがあろう。これら諸般の事情を斟酌すると、原告の受くべき慰藉料としては三〇〇万円をもつて相当とする。
九 以上のとおり、原告の損害は三三〇万円であるが、これから被告の支払つた二五万一〇一〇円を控除してもなお三〇〇万円の保険金の支払を求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容する。
一〇 附帯請求について
原告は事故発生の日以降の遅延損害金を請求しているけれども、被告は本件事故の加害者ではないから、原告の附帯請求は本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五二年九月八日以降に限つて理由があり、その余は失当として棄却を免れない。
一一 よつて、民事訴訟法九二条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 井上芳郎)